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失敗に学ぶ三大事故 忘れたらアカン、ものづくり

忘れたらアカン、ものづくり のブログを書いている、マーシーです。

  今日は、失敗学で有名な元東大教授の畑村先生の御本から、失敗に
学ぶ三大事故についてのお話です。

畑村先生によれば、今日の社会を支える技術の影には多くの失敗があった
著書の中で書かれています。下に上げる、畑村先生が示される例ばかりで
なく、例えばライト兄弟は飛行機の発明に当たって、リリエンタールの
グライダでの実験と墜落事故から、学んだ結果によるといわれています。
  さて、畑村先生は、失敗に学ぶときに必ず語られる、社会の発展に
欠かせなかった三大事故を挙げられています。


■アメリカの戦時標準船の破壊沈没事故
  第二次世界大戦中、アメリカはヨーロッパ戦線に大量の物資を輸送
するために、リバティー船と呼ばれる戦時標準船を大量に建造しました。
この船は、全て溶接によって製作されていました。

  ところが就航してまもなく、4分の1にあたる船で破壊事故が発生し、
さらにそのうちの230隻は破壊により沈没や使用不能になりました。
  事故の多くは、北洋でしかも寒冷期に発生し、なかには船体が前後
真っ二つのなったものもありました。

  これらの事故を、徹底的に究明したところ、要因として溶接欠陥、
低温ぜい性が挙げられ、特に低温ぜい性がその主原因であることが判明
しました。当時は、ぜい性破壊の発生要因は未知のものでありました。

  ぜい性破壊の改善のため、材質や加工方法などで新たな研究が行わ
れて、耐低温ぜい性の材質の開発、また溶接技術は飛躍的に進歩する
きっかけになりました。






■世界初ジェット旅客機コメット機の墜落事故
  イギリスが開発した世界初のジェット機コメット機が1952年に
路線就航しました。翌1953年には、47機が就航しました。
  ところが、1954年に相次いで2機が墜落事故を起こし、飛行は
全面停止され、威信をかけた調査を開始しました。

  原因は、当時未知の現象だった金属疲労によるものでした。コメット
機は、実使用時と異なる条件で耐久試験を行うミスにより、金属疲労の
寿命計算を誤って、結果として事故を繰り返すことになりました。

  しかし、この事故により、地上と高空の気圧の違いによる繰返し応力
により発生する金属疲労について、知識化が進められ、航空機の安全性は
著しく進歩しました。


■アメリカのつり橋、タコマ橋の崩落事故
  1940年に、ワシントン州のタコマに新しいつり橋が完成しました。
このタコマ橋は、当時つり橋設計の最先端の一人モイセーエフが設計しました。

  当時のアメリカは、不況により、安価に長い橋がつくれるつり橋に
人々は多くの期待を寄せました。しかし、華奢で優美な姿の橋は、完成後
わずか4ヵ月後に秒速19メートルの横風で崩落してしまいました。

  タコマ橋が崩落した原因は、その当時は知られていなかった横風による
自励振動という現象によるものでした。

  実は、この橋は完成直後から風が吹くと振動が激しいことが指摘されて、
風洞実験を行っていたワシントン大学のフォーカーソン氏のグループにより
16mmフィルムのカメラを設置し監視していたのです。これがあの有名な
映画ですね。

  自励振動というのは、横風が橋に当たって後方に作り出す渦により、橋
げたがねじられて、さらにねじりが大きくなることで新たな振動が生む共振が
起こり、揺れがどんどん増大するというものです。

  その結果、タコマ橋は橋げたが最後にはねじれるように振動して、持ち
こたえられずに崩落したものです。

  この崩落事故により、つり橋の風による自励振動のメカニズムが解明されて、
その知識により、つり橋設計の飛躍的進歩につながり、秒速80メートルの
横風に耐えるとされる明石大橋にも、その教訓は生かされています。







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ジャンル : ビジネス

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