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機械系技術者が知っておくべき3大事故  忘れたらアカン、ものづくり

忘れたらアカン、ものづくり のブログを書いている、マーシーです。

今日は、機械系技術者が知っておくべき3大事故について少し、記します。


機械設計者にとって、考慮すべき現象の考慮がされずに発生した古典的な
事故について述べます。

事故が発生して初めて、これらの現象についての重大性が初めて認識されて、
その後の技術の進展に多大な貢献をした事故です(いささか不謹慎ではありますが)。
なお、本項は日本機械学会誌に東京大学の中尾先生がお書きになった解説を
元にしています。本文献は、直接見ることが難しい方は、先生のお書きになられた
書籍を参考にしてください。

1.タコマ橋(アメリカ合衆国);流体振動による自励振動現象
  1940年完成のアメリカ合衆国ワシントン州タコマ(Tacoma)市の海峡、タコマ
ナローズに架けられた初代の吊り橋の破壊現象です。完成から4か月後に、風速
19m/secの弱い横風で落橋しました。
  1940年7月1日の完成直後から、横風が吹くと上下に大きく振動することがわかり、
その解析と補強方法の対策を検討するために、ワシントン大学で風洞模型実験が
進められていました。11月7日に、振動が激しいとの現地からの報告により、ワシントン
大学のフォーカーソン博士のグループが,16mmフィルムにより橋の状態を落橋に至るまで
撮影を行いました。

 1.1落橋までの経過
    最初は中央のスパンで蛇が蛇行するように上下振動していたものが、風速
19m/secに達した時点で、大きなねじれ振動に変化しました。このような揺れが1時間ほど
続いた後、中央スパンの4分の1点で桁が座屈し、橋床が落下しました。
この直後に最終的な崩壊が始まり、結果として中央スパン間では橋桁がケーブルから
ちぎれて崩落しました。

 1.2落橋の原因
    橋の破損の原因は、横風により吊り橋が自励振動したためです。当時の知見では
この振動現象の原因がわかりませんでした。ちょうど風洞模型実験が行われている最中
事故が発生しました。

この橋の設計は設計者であるモイセーエフ氏のたわみ理論により設計されました。これは
「吊り橋のスパンが長くなれば長くなるほどケーブルの自重が橋桁の自重に比較して相対的に
大きくなって車両や人など橋の上を動くものの荷重は橋桁よりもケーブルのたわみにより支え
られる。」というもので、タコマ橋はこの理論により建設されました。この理論はスパンの長い
吊り橋を建設するためには橋桁の部材を節約できるため、コスト的に都合の良い理論といえます。
タコマ橋の橋桁は扁平なH形で、剛性を上げるために斜め部材を張るような、ねじれ対策は
行われていませんでした。

    落橋後の風洞模型実験により、落橋の2つの要因が明らかにされました。
 (1)橋桁の剛性不足により、たわみやすくねじれやすい構造であった。このため、風によ
    り簡単に振動が始まってしまった。
 (2)橋桁の形状が空気力学的に振動を起こしやすかった。橋桁はH形であるため、桁の上下に
   空気のはく離により端での渦が発生して橋桁を上下に振動させ、さらには渦の発生する
   タイミングが橋桁の振動と一致してしまい、更に大きい渦を発生させることになる自励振動と
   いう現象を発生させる。

 1.3対策
    橋桁の剛性の重要性が認識された結果、新しいタコマ橋は風を通しやすくして、剛性を
上げたトラス構造を採用しました。これは日本で設計された瀬戸大橋でも踏襲されており、
風速80m/secの台風でも耐えられる構造になっています。



2.リバティ船(アメリカ合衆国);製鋼技術の未熟さによる低温脆性、溶接技術の未熟さ
    リバティ船は、アメリカ合衆国で第二次世界大戦中に建造された、1万トンクラスの戦時
標準船です。ドイツのUボートによって沈められた貨物船を補充するために、同じ形式で2,700隻
も建造しました。
   その建造方法は、従来の鋼板をリベットで接合する方法から、鋼板を直接溶接で接合する
方法を採用しました。さらにブロックを工場で別々の溶接して製作し、最後にそれらの数ブロック
をドックで溶接するブロック工法を初めて採用しました。

 2.1発生した不具合
    リバティ船は1939~1945年の6年間で2,708隻建造されましたが、1946年4月1日までに、
損傷事故が1,031件報告されました。そのうちの200隻以上が沈没もしくは使用不能に陥る重大な
損害を受けました。例えばスケネクタディ(Schenectady) 号と呼ばれる船は、岸壁に係留中に
突然大音響とともに船体が真っ二つに折損しました(1943年3月)。

 2.2原因
    リバティ船の破損は、使用された鋼材の溶接継手の破壊靱性が不足していることによる、
脆性き裂の発生と進展によりもたらされたものです。現在では、脆性破壊の原因としては、
鋼材の溶接性不良(脱酸性に劣るリムド鋼の使用)が主原因で、これに加えて、応力集中を
生じやすい構造設計の不良と溶接施工の不良が二次的な原因と られています。
    鋼は、高温では延性破壊し、低温では脆性破壊をする、延性-脆性遷移を行います。
脆性破壊は、低温で変形速度が高く、応力の3軸性があるほど発生しやすくなります。鋼の
脆性破壊の起こしやすさを評価するのがシャルピー試験で、材質や、温度の違いにおける
エネルギーの吸収の程度を測定します。この吸収エネルギーの程度を切欠き靭性といいます。
切欠き靭性の値が低いと脆性破壊を起こしやすくなります。
    リバティ船の脆性破壊は、溶接継手の低温切欠き靭性が低く、溶接割れなどの溶接
欠陥や構造上応力が集中する個所を起点として、外力に加え溶接残留応力が寄与したものと
推定されます。

 2.3対策
   (1)溶接性に優れた鋼(溶接性鋼)の使用による低温切欠き靭性の確保
       低温切欠き靭性の金属学的な改善策として、低炭素化や脱酸元素であるMnやSiの
      添加などが、溶接割れの防止に有効となります。
   (2)破壊力学の進展による脆性破壊の定量的評価
       破壊力学の考え方が脆性破壊の問題に適用されて、工学的に体系刺されるように
      なりました。これは、欠陥や亀裂を対象として、欠陥の先端の応力場の強さを、力学
      パラメータである応力拡大係数Kで表示して、それが材料の破壊靭性Kcを超えると
      破壊するという破壊基準をベースとする体系です。材料の破壊特性Kcを破壊靭性と
      いいます。この破壊靭性は従来の切欠き靭性に変わる材料特性となります。
       破壊力学の適用によって、脆性破壊の定量的評価が可能となりました。



3.コメット号(イギリス);金属疲労による破壊
    コメット号は、世界最初のジェット旅客機で、英国のデハビランド社により1944年に
計画され、1946年から開発に着手されました。量産型コメットは1952年5月にロンドンーヨハネ
スブルグ便に就航しました。その後1954年に1号機が高度8,000mで空中分解事故を起こしました。
海中から機体を引き揚げて調査した結果、自動方向探知機のアンテナ窓に、疲労破壊の起点が
発見され、与圧の繰返しによる疲労破壊という原因が解明されました。  

 3.1事故の経過
     事故機は、安全率を大きくとった上で設計上保証されたフライト回数18,000回に比較して、
就航後わずか1,290回のフライト回数で破壊しました。このため、就航中のコメットの全機の使用が
中止され、点検した結果疑わしい個所60か所が補強されました。しかし、改良されたコメット機が
また海中に墜落する十個が発生しました。これにより英国航空は全機の使用を中止し、調査委員会
が立ち上がりました。

 3.2原因
     ときの総理大臣であるチャーチル首相の指示により、英国科学界の全体の調査と研究
の結果、事故の直接原因が客室内与圧による胴体天井切欠き(アンテナ窓)と客室窓のコーナー部
からの疲労き裂の発生であり、疲労き裂が進展して胴体に達して、不安定破壊を生じて破裂に
至ったことが明らかにされました。
     実機では、大気圧と運行時の設計時の外気圧と室内の与圧との差0.56気圧がフライト毎に
付加されるのですが、設計時に実施した内圧疲労試験は、耐圧試験を兼ねて実施されており、
0.56気圧、1000回の加圧毎に、1.12気圧での耐圧試験を実施していました。このため窓部の変形は
圧縮応力により、加圧試験毎に発生したクラックが潰れて閉じてしまい、結果として疲労破壊を
まぬがれたことになります。

 3.3対策
    航空機の耐疲労設計と耐久性評価試験の方法が抜本的に見直しされました。
   (1)これ以降の航空機の開発は、部分構造ではなく完全な機体を製作したうえで、1号機は
     静強度試験に供し、2号機は与圧の繰返しを含めた耐久性評価試験に供して、破壊強度
     特性を評価するようになりました。
   (2)疲労寿命に及ぼす荷重の大きさと繰返し数の影響の評価だけではなく、荷重順序の影響
     も評価するようになりました。
   (3)切欠きなどの応力集中係数を正しく評価するとともに、その値を極力低減するように
      構造設計を進めるように改善されました。


これらの、3大事故は海外で発生して、後に大きな知見を残した、設計屋にとっては絶対に忘れては
ならないものですが、我々日本人にとって忘れてはならない大きい事故があります。

一つは、圧力隔壁の修理ミスで御巣鷹山に墜落したジャンぼジェット機事故、もう一つは記憶に新しい
2011年の東日本大震災による津波により外部電源が喪失し福島第一原発事故がメルトダウンした
事故です。これについては、緊急電源の多重化によりこれほどの惨事に至らなかった可能性があります。
我々は、技術者として冷静に、どこに問題があったかを考えるべきです。重要な技術を単なる感情論で
判断すべきではありません。






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